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History Ⅰ 母からの手紙 - 15歳の私と、37歳の母へ -


いつしか、その存在さえ忘れ去っていたいくつかの手紙。


思えば、全ての始まりはここからでした。


私が医療者となり、ライフスタイルアドバイザー・解毒美養・ブログを書き始めた原点でもあります。


実はここ最近、私の中に生じた深い違和感がありました。


私はいつしか「 何かにならなければいけない。」と


自分で決めた壁と限界の中で、苦しんでいたようにも思います。


私はいつの間にか、

本当の自分に重い蓋をしたまま

誰かの人生を歩もうとしていたのかもしれない。


そんなことに、ふと気がついたのです。


今一度、その原点を掘り起こしてみたい。


こうしてお話するのは、最初で最後になるかもしれません。


少し長くなりますので、何部かに分けて書き綴ります。


これから先の内容には、一部に暴力的な表現が含まれます。苦手な方は、読み進めるのを止めてください。



母からの手紙


いつしかその存在も忘れ去っていた茶封筒。中にはいくつかの手紙が入っていました。


これらは全て、母が大切にとっておいてくれたものです。


そのうちの一通に目を通し、はっとしました。


それは、当時37歳の母から

15歳の私へ宛てた手紙。


あれから20年以上が経ち、

私はいつの間にか、当時の母の年齢を追い越していました。


同年代の女性として、母として

子を思い、丁寧に書き綴られた手紙。


私の母は、何かあると

よく手紙を書いてくれました。


そんな母の言葉を、

当時の私は理解することが出来なかったけれど


読み進めていくうちに、

当時の母も、今の私と同様に

必死で子育てをしていたこと


両親共に不器用ながらも、

大切に育ててくれたことに改めて気が付きました。


当時まだ子どもだった私は、

自分の思いを言語化して


上手に伝えることが出来ませんでした。


今、当時の母へ返事を書くとしたら

こう書きます。


「ありがとう。私は絶対に大丈夫だから、もう心配しないで。」と。


私の人生は、いつも転んでばかり。

失敗ばかり。


どう頑張っても真っ直ぐに進んでくれない。


頑張れば頑張るほどに、

空回りしてしまうこともありました。


大きく転んでは、一人で泣いて立ち止まり、

また起き上がる。


その繰り返し。


それでも何度も壁を乗り越えるたびに

自分の未熟さに気付かされ、改め続けて、

気付いた時には驚くほどステージが上がっている。


それを、何度も何度も繰り返してきました。


数多くの失敗から学ばせていただいたことは、

人生における数々の失敗・気付きは、明日を乗り越えるための糧となること。


乗り越えた経験が、

未来を切り拓くための不変の力になること。


失敗は、人生を豊かにしてくれるための

ギフトであるということ。


「 痛み・苦しみ」は、この人生をより味わい深いものへと導いてくれる


まさに、生命の恵みなのだと知りました。


打ちのめされるような出来事さえも、

そこから学び昇華することで、いつか必ず自分自身の力となる。


深い痛みを味わえば味わうほど、誰かの痛みが分かる様になりました。


何があってもなんとかすれば良いのだと、

大抵のことでは怖気付かなくなりました。


何があっても、「 早めに失敗して良かったのだ。きっと、また何とかなる。何とかしよう。」いつの間にか、そう捉えられるようになっていったのです。



もしかしたら、この文章を

お読みくださっている方々の中にも


まさに今、試練や苦しみ、

迷いの中にある方がおられるかもしれません。


そんな方々に、まず伝えたいことがあります。


それは、「 この人生において無駄な経験は何一つとしてない 」 ということ。


人生における経験は全て、

時間を超えて「 点と点 」が繋がるように

一本の道としてやがて目の前に拓けてくるのだということです。


自分自身を幸せにするために生きること。

自分の力を信じて進むこと。


無駄な経験は、何一つとしてありません。


大切なのは、どんな経験も昇華して

自分の力に変えていくこと。


そして、自分自身の底力を信じ抜くことだと思います。


一人で越えなくてもいい、

誰かの手を借りてもいい。


助けてほしいと言ってもいい。


でも、最終的に乗り越えるのは自分自身。


神は、越えられる試練しか与えないといいます。


私たちの目の前に現れた壁は、必ず乗り越えられる。昇華できるのだということです。


その言葉の根拠は?私が証明です。


私もあの日の経験がなければ、

今こうしてこの文章を書いていないはずです。


綺麗事なんかじゃなく、

全てが私の人生を構築する上で必要な体験だったと感じられる。


それは人に恵まれ、支えられていたから。

本当にありがたいことでした。


そして、私自身も前を向いて、

自身の思いに従い、行動し続けてきた結果だと思います。


後ろを向く日があってもいい、沈む日があってもいい。

部屋の片隅で布団にくるまって、何日も何日も泣いたって構わない。


私も、そうでした。


一度なんかじゃありません。

もう、数えきれないほど。


よくない考えがよぎったことも、何度もありました。


でも、どん底まで苦しさや悲しみ、痛みを味わい尽くしたなら

もう登るしかない。進むしかない。


何があっても自分自身を信じて進めば、

自然と道は拓けてくるのだと確信しています。


どうかこの手記が、誰かの力となり希望となりますように。


次章(History Ⅱ)へ続きます。→


 

※少しずつ書き綴りますので、更新を楽しみにお待ち頂ければ幸いです。


皆様の応援・コメント・いいねがとても励みになっています。

いつもあたたかく見守り、応援してくださり感謝いたします。


大好きな皆様へ、愛を込めて


Mai






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